2010/8/24 火曜日

『GHQ焚書図書開封 4』の刊行(三)

Filed under: 新刊について, 私信の紹介 — toshiueh @ 23:00:11

 『諸君!』終刊号の編集長であった内田博人氏から贈本に対する丁寧な礼状をいたゞいた。私には嬉しい内容であったので、ご承諾を得て掲載する。

 どこが嬉しかったかというと、各種の「国体」論者の「真贋」を私が弁別して書いたという処である。「その善悪両面を公平な視点で浮き彫りにされた」とも記されている。たしかにそこがポイントである。

 また文中に319ページという指摘があったので、そこを抜き書きする。岸田秀氏との対談というのは日米の歴史について岸田氏と一冊の対談本を出すことを指す。対談は8月16日、18日に8時間かけて修了した。

謹啓
 酷暑の日々がつづきます。過日は「GHQ焚書図書開封」の第四巻をお送りいただき誠に有難うございました。夏休み中に一気に拝読。多くの示唆に満ち、シリーズ中の、もっとも重要な一巻となるのではないかと感じました。

 思想家の真贋を明快に弁じて文藝批評の本領を示される一方、大衆的な作風で知られる山岡荘八や城山三郎氏の作品を対象にえらばれたのは、意外かつ新鮮な印象でした。

 戦後社会のなかで、まったく忘れ去られていた「国体」の一語をよみがえらせ、その善悪両面を公平な視点で浮き彫りにされた、きわめて意義のふかいお仕事と存じます。

 319頁のご指摘にあるように、国体意識は戦後、正当な歴史的地位をあたえられることもないまま、日本人の無意識の底に追いやられてしまいました。憲法論議における退嬰も、対外的な弱腰も、俗耳になじみやすい網野史観の横行も、結局は、名をうしなった国体論がもたらす厄災の諸相ではないでしょうか。岸田秀氏との対談ではぜひ、このあたりを議論していただきたく存じました。

 国体意識の名誉挽回が、戦後的迷妄を乗り越える、ひとつの突破口になるのではないか、とかんがえます。

 今年後半も刊行のご予定が目白押しで、ご多忙な日々がつづくことと拝察します。何卒ご自愛ご専一にお願いいたします。

 少々涼しくなりましたら、一献、ご一緒させていただければ幸いです。

 略儀ながら書中にて御礼のみ申し上げます。 
              

敬具

平成22年8月17日      

文藝春秋 内田博人

西尾幹二先生

 敗戦を迎えて国家体制が崩壊し、国体という観念は一挙に過去のものとなってしまいました。万世一系の天皇を中心とする国体観念を疑ってはならないとするタブーも、消滅してしまった。だから「天ちゃん」「おふくろ」「セガレ」という呼称も生まれたわけですが、では、かつての日本人が当然のごとく信じていた認識はどうなってしまったのか。みんなが杉本中佐の本を買って一所懸命に読んだ当時の意識はどうなってしまったのでしょう?まったく消えうせてしまったのだろうか?それとも無意識の底に温存されているのでしょうか?

 そのあたりの問題を整理しておく必要があります。国体論のどこが良くてどこが悪かったのか。杉本中佐の思想は単純きわまりないものだったけれども、あれがなぜ広範囲に受け入れられたのか。戦後、そうした吟味はなされたでしょうか。

 徹底した自己検証も行わないまま、単純に「軍国主義」というレッテルを貼って片づけちゃったのではないでしょうか。じつは、「軍国主義」という単純な言葉で否定して後ろを見ない姿勢は城山さんの『大義の末』にも当てはまります。しかし、後ろを見ないということは、かえってたいへんな問題を残すのではないかと思います。本当の意味での克服にならないんじゃないか。「軍国主義」という言葉でばっさり片づけてしまうと、自分の国の宗教、信条、信念、天皇崇拝‥…といったものを他人の目で冷やかに眺めるだけで終わってしまいます。あの時なぜあれほどにも日本の国民が戦いに向かって真っ直ぐに進んでいくことができたのか、という動かしがたい事実がそっくりそのまま打ち捨てられてしまう。その結果として何が起こるかといえば、“別のかたちの軍国主義”が起こるかもしれません。

 国体論でもファシズムでも、これをほんとうの意味で克服するには外科医がメスを入れるような感覚で病巣を切除するだけではダメなのです。――日本人がなぜ国体論に心を動かされたのか。われらの父祖が天皇を信じて戦ったという事実に半ば感動しつつ、半ばは冷静に客観化するという心の二つの作用をしっかりもって考えていかないといけない。真の意味での芸術家のように対応しなければいけないと思います。

 簡単にいえば、ある程度病にかからなければ病は治せないということです。そうしないと問題は一向に解決しない。病は表面から消えても、歴史の裏側に回ってしまう。それは、ふたたび軍国主義がくるという意味では必ずしもなくて、たとえば「平和主義」という名における盲目的な自家中毒が起こることも考えられます。否、すでに起こっています。今度もやはり自分で自分を統御することのできないまま「平和」を狂信して、自国に有害な思想をありがたがって吹聴して歩いたり、領土が侵されても何もせず、国権を犯す相手に友好的に振る舞ったり、国際的に完全に孤立してバランスを崩し、最終的に外国のために、日本の青年が命を投げ出すようなバカバカしいことが起こらないともかぎらないのです。

 繰り返しになりますが、ある程度病にかからなければ病気は治せません。どこまでも他人事(ひとごと)であれば、ほんとうの意味での病を治療し克服することはできないのです。

『GHQ焚書図書開封 4』P319~321

2010/8/4 水曜日

『GHQ焚書図書開封 4』の刊行(二)

Filed under: 新刊について — toshiueh @ 9:47:31

『GHQ焚書図書開封 4』

あ と が き

 昭和10年代の言論の世界は、それなりに盛んな時代で、出版界も決して沈黙していなかった。まるで自由のない言論封圧の時代のようにいわれるのは間違いで、戦前にも正当と思われなかった思想が抑圧されていただけである。戦前には戦前に特有の活発な言論活動もあったし、時流に投じたベストセラーもあった。

 「戦前に正当と思われなかった思想」が戦後息を吹き返したのは当然であるが、それだけならいいのに、今度は逆に「戦前に正当と思われていた思想」がずっと抑圧されて、今日に至っているのである。「国体」論はその主要部分である。

 敗戦で日本のすべては変わったという錯覚を日本国民に与えてきたのはGHQである。日本人にとっては自分たちがそれによって生きてきた時代の思想が他人の手でもぎ取られたり、捨てられたりする理由はない。

 私たちは予想外に戦前の「国体」論と同じ思想の波動の中にいる。「日本人論」というような形で与えられてきたものがそれである。また皇室に対する今の国民のさまざまな感情の動きの原型もほとんどすべて戦前の「国体」論の中にある。

 本書では取り上げていない本だが、大川周明の『日本二千六百年史』は鎌倉時代の成立を「革新」として捉えたがゆえに不敬の書であるとして、蓑田胸喜(みのだむねき)らの批判を浴び、東京刑事地方裁判所検事局思想部に摘発されたりもした。鎌倉時代は武家が活躍した時代で、したがって皇室への反逆の時代であるがゆえにこれを低く見るという歴史観が一世を風靡していたからである。信じられない話である。

 戦争の時代には戦争の時代に特有の歴史の見方があり、論争があった。国民は神勅によって確定された天壌無窮の皇統を仰ぎ奉り、ひたすら忠義の心さえ唱えていればそれでよく、国民に主体性や個人に固有の役割などは求めなくてよいという静的な歴史観を基本に置いた立場がまずあった。文部省編の「國體の本義」はそれにほぼ近い。これに対し当時ただちに反論がまき起こった。こんな考え方では総力戦体制で戦おうとしている軍人たちの精神涵養さえ覚束(おぼつか)ないではないか。わが国体はなんらの理由なしに尊厳なのではなく、国民の個々人の主体性の関与があって初めて成立するものなのである。臣民たる分際を静かに守っていればそれでよいという自然的日本人観から、武人の自立を尊重する意志的日本人観への転換が支那事変たけなわの昭和10年代の思想界を二分する争点だった。山田孝雄(やまだよしお)も、平泉澄(ひらいずみきよし)も、三田村鳶魚(みたむらえんぎょ)も、みなこのポイントを意識して著作活動を展開していたのである。

 平成の言論界においても皇室論や天皇論は最近珍しくなくなってきたが、やはり同じように、臣民たる分際を守って皇室をひたすら仰ぎ見ていればそれでよいという静的な態度と、そんなことでは現代日本の危機に対応できないので一歩踏み込むべきだという動的な態度とのこの二つの様態があることは、おそらくすでに知られているであろう。

 以上は、歴史は敗戦で切れていないことを示す一例である。戦前の思想は、言葉遣いのなじめなさは別として、予想外に私たちの今の実感に身近な存在なのである。

 であるとしたらGHQが勝手に私たちの視野から切り離した思想の世界をここで取り戻し、再現する手続きは、現在の自分の位置を知る上で重要である。

 戦前に生まれ、戦後に通用してきた保守思想の多くは、とかくに戦後的生き方を批判し、否定してきた。しかし案外、戦後的価値観で戦後を批評する域を出ていない例が多い。戦前の日本に立ち還っていない。

 戦争に立ち至ったときの日本の運命、国家の選択の正当さ、自己責任をもって世界を見ていたあの時代の「一等国民」の認識をもう一度蘇らせなければ、米中のはざまで立ち竦(すく)む現在のわが国の窮境を乗り切ることはできないだろう。

 しかし、それは戦前の思想の全てを無差別に正しいとすることと同じではない。そこが難しい。本書で私は「国体」論のある種のものに手厳しい批判を浴びせている。

 戦前が正しくて戦後が間違っているというようなことでは決してない。その逆も同様である。そういう対立や区分けがそもそもおかしい。戦前も戦後もひとつながりに、切れずに連続しているのである。戦前のものでも間違っているものは間違っている。戦後的なものでも良いものは良い。当然である。日本の歴史は連続して今日に至っているという認識に何度でも立ち還るべきと私は考えている。

 本書第八章を分担してくださった溝口郁夫氏は昭和20年生まれ、北海道大学工学部土木工学科卒、八幡製鐡(現新日本製鐡)で定年を迎えられたエンジニアである。氏が現代史に関心を持たれ、研究調査を始められた動機やいきさつは『GHQ焚書図書開封 3』のあとがきに記したのでここでは繰り返さない。

 氏は信念の堅い人であり、文献の実証の仕事も大変に手堅い。今後この方面でのさらなる活躍を祈りたい。本書末尾の付録「焚書された国体論一覧」の作成は氏に負うている。

 今までと同様、本書も(株)日本文化チャンネル桜のテレビ放送を基本にしている。私の番組は平成22年6月までの段階で56回に及んだ。今は月二回が平均である。同社社長の水島総氏、古書蒐集のご努力にたゆまない上田典彦氏、録画スタッフの宮木恵未氏、北村隆氏、三石宗芳氏、阿久津有亮氏の熱意あるご支援にあらためて深謝申しあげる。

 本書の制作に当たっては前回までと同様に徳間書店一般書籍局長の力石幸一氏、同編集部の橋上祐一氏にお世話になった。また、同編集者・松崎之貞氏にも今まで同様に全体の調整と細目の補足修正にご関与たまわった。諸氏にあらためて感謝申し述べたい。

平成22年6月13日

著者

2010/7/30 金曜日

『GHQ焚書図書開封 4』の刊行(一)

Filed under: 新刊について — toshiueh @ 16:02:17
GHQ焚書図書開封4 「国体」論と現代 GHQ焚書図書開封4 「国体」論と現代
(2010/07/27)
西尾 幹二

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 目 次 

第一章 『皇室と日本精神』(辻善之助)の現代性

国体論は国のかたちということ
読者の心に響かない演説口調の文章
日本は世界文明の貯蔵場
仮名の発明に見る日本文化の特質
外国思想を受け入れて変容した国体観念
国体観念の基礎には「皇室」がある
「君民一体の聖徳」が皇室の伝統

第二章 『國体の本義』(山田孝雄)の哲学性

第一節 時間論

山田孝雄博士の“ふたつの顔”
日本語ではなく「国語」、日本史ではなく「国史」
古代の宣命の中にヒントがある
『続日本紀』の文武天皇御即位の宣命
「中今」の解釈をめぐって
アウグスティヌスにおける「時」と「永遠」
ニーチェとハイデガーにおける「時間と生」
「中今」という言葉への注目から出発

第二節 皇位継承論

日本の「万世一系」、中国の「興亡破壊」
江戸幕府は中国を蔑視していた
時間的・空間的統一性をもった日本
日本を貶める網野善彦論文は国体論者への意趣返し
日本の歴史は「もうひとつの世界史」である
皇位継承の三条件
王家には家名があるが皇室には姓がない
皇室のあり方とコマの回転

第三節 神話論

「国生み」神話について
日本は「作られた国」ではなく「生まれた国」
神道は祈らない、感謝するだけでいい
日本人は神の子である
日本国家の三要素
国生みの物語は日本の国家原論である
日本は英仏独伊ではなくヨーロッパ全体と対応する「自然発生国家」だ
「国史」の前にも長い長い「沈黙の歴史」がある
自然発生的国家の「強み」と「弱み」

第三章  部数173万部『國體の本義』(文部省編)の光と影

第一節 神話と皇統

国民教育のスタンダードブック
皇室は神話と一直線につながっている
「現御神」ということ
神話と王権との関係
「神」の観念も中国や西洋とは大いに異なる
日本の天皇は道徳とか人格とかでは測れない

第二節 複眼を欠いた「和」と「まこと」の見方

現代社会に有効に生きている「和」の精神
「和」の世界には他者が存在しない
「個」としての弱さをさらけ出した日本人
「したたかさ」がなければ世界とは渡り合えない

第三節 鎌倉時代と江戸時代の扱い方への疑問

外国と日本のおける「国家」のちがい
日本には「維新」はあるが「革命」はない
記述に偏りのある『國體の本義』
「権権二分体制」という日本人の知恵
武家が活躍した時代を「浅間しい」とする偏見
皇室を永続させたのは「鎖国」と「権権二分体制」ではないか

第四節 恭敬と謙譲――日本人の国民性

豊かな自然、君民相和す正直な心
皇室と日本人の原点は「明き淨き直き誠の心」にある
日本人の「謙虚さ」が普遍文化の吸収を可能にする
「公」=天皇の前で辞を低くする「私」


第四章  国家主義者・田中智学の空想的一面

田中智学という人
 『日本國體新講座』と時代の空気
「日本の国体は万邦無比なり」
時代の節目ごとに「国体学」を叫んできた田中智学
熱に浮かされていた「あの時代」
「建国の三大網」とは何か
なぜ人は「積慶」「重暉」「養生」を見逃してきたのか?
「明治維新は神武天皇の御代への回帰である」
きわめて朝日新聞的な「人類同善世界一家」というスローガン
日本的国家主義の甘さはリアリズムの欠如にある

第五章 『國體眞義』(白鳥庫吉)の見識の高さ

昭和天皇の皇太子時代の歴史教師・白鳥庫吉
日本は現代の有力国のなかで最古の国
日本民族の起源を探る
「高天原」は海の向こうではなく“心の世界”である
白鳥博士の論と拙著「国民の歴史」との暗合
日本民族の起源を知るうえで重要なのは「日本語」と「縄文土器」だ
日本人の宗教は「万世一系の皇室」である
武家も手を出せなかった「天皇家」という謎
天皇は中国における「天」の位置である
天皇は国民を思い、国民は天皇を尊崇する

第六章  130万部のベストセラー
      『大義』(杉本五郎中佐)にみる真摯な人間像

第一節 「国体論」は小説になりうるか

軍神・杉本中佐と遺書『大義』
「唯一絶対神」と捉えた中佐の天皇観
国体論は結局言葉でも哲学でもなく「行動」なのではないか
「思想」と「行動」は小説に描けるか?
「熱烈鉄血の男児・杉本五郎君の参禅を許容せられたし」
「軍人」と「禅」がキーワード
杉本中佐の「結婚の条件」
「陛下の股胘を貴女にお預けします」
「男の姿」「女の思い」を描いたすばらしい一場面
「憂国」の悲憤慷慨談


第二節 あっと驚く『大義』の天皇観

「思想」というより「一神教」
「日本人は己の子すら私すべからず」
「世界悉く天皇の國土なり」
「思想」は単純だったが「実存」は立派だった
中佐は導師が認める立派な禅僧になっていた
「陸軍大学に行けといわれても習うことがない」
「文明開化」と「尊皇攘夷」は対立概念ではない
戦後は軍国主義ときめつけて自己検証をしないできた


第三節 山岡荘八の小説『軍神杉本中佐』の出征風景

地球上の全陸地の九割は白人に支配されていた
昭和十年前後、軍人たちは何を論じ合っていたのか
国民はつねに「世界史のなかの自国」を考えていた
出征前夜――無言で伝わる覚悟の別れ
杉本中佐をめぐる人情話
感動が電流のように走った出征風景
今上陛下にはぜひ「靖国神社ご親拝」をいただきたい

第七章  戦後『大義の末』を書いた城山三郎は
      夕暮れのキャンパスで「国体」を見た

『大義』に惹かれた若者は戦後をどう生きたか
『大義』をめぐる二つの不幸な出来事
「天皇制賛成論」は今やもの笑いの種になる
敗戦による「パラダイム転換」
見えなくなってしまった『大義』の世界
「天皇制」是非をめぐる学園の論争
少年皇太子がキャンパスにやって来た
少年皇太子の姿は『大義』につづく世界を考えるきめ手を与えた
天皇のご存在そのものの重みをはぐらかしてはならない

第八章  太宰治が戦後あえて書いた「天皇陛下万歳」を、
      GHQは検閲であらためて消した
              溝口郁夫

GHQの検閲をうけた太宰治の本
『パンドラの匣』とはどういう本か
『パンドラの匣』にみられる削除と改変
太宰治の天皇尊崇の念は明らか

あとがき

文献一覧
  

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2010/7/28 水曜日

日本をここまで壊したのは誰か(七)

Filed under: 新刊について — toshiueh @ 10:19:28

日本をここまで壊したのは誰か
●—————————————–
政治と経済一体の考察を促す刺激的論文集 
『正論』8月号より 関岡英之

 本書の表紙を書店の店頭で目にした人は度肝を抜かれるにちがいない。『日本をここまで壊したのは誰か』という表題のもとに、河野洋平、小沢一郎、鳩山由紀夫等といった政治評論では常連の所謂「売国政治家」とともに、日本経団連の歴代会長を含む財界首脳陣の名が俎上にあげられているからだ。まず、こうした書籍を刊行した版元、そしてそれを書評でとりあげようという本誌編集部の英断を賞賛したい。なぜなら、我が国にはスポンサータブーという名の、もう一つの「閉ざされた言語空間」が厳然として存在するからだ。

 著者の西尾幹二氏は、かつて「保守論壇を叱る 経済と政治は一体である」という論文で「日本のエコノミストはもっと自覚的に政治意識を持って語ってもらいたいし、政治評論家は現代では経済を論じなければ現実を論じたことにならない」と喝破した。当該論文は西尾氏の『「狂気の首相」で日本は大丈夫か』(PHP研究所、平成17年刊)に収録されているが、その指摘するところがあまりにも重要であるため、評者が編集したムック『アメリカの日本改造計画』(イーストプレス、平成18年刊)にも再録させてもらった。その後、『別冊正論』が平成19年に「世界標準は日本人を幸福にしない―教育、医療、年金、経済・金融…平成「改革」を再考する」という画期的な特集を組んだ。政治と経済を一体で論じる思潮は、まさに西尾氏が切り開いてきたと言えよう。

 そうした観点からすれば、本書の白眉は「トヨタ・バッシングの教訓 国家意識のない経営者は職を去れ」と「アメリカの『中国化』 中国の『アメリカ化』 日本の鏡にはならない両国の正体露呈」という二つの論文であろう。前者の論文からは、米国の官民総出で展開された「トヨタ潰し」を単に企業の説明責任や危機管理の問題と論じてしまう多くの識者がいかに浅薄で、国家間と戦略眼を欠いているかが判然とする。そして後者の論文が指摘する中国の「アメリカ化」こそ、政治と経済を一体で考察することが今の我が国にとってなぜ重要なのか、まさにその核心なのである。

 かつて小泉政権下でM&Aの規制緩和が推し進められた。その徒花だった「ホリエモン」や「村上ファンド」は虚しく消え、仕掛けた米国は市場原理の暴走で自爆した。そして今や、開け放たれた窓から我が国の優良企業を狙っているのは中国だ。企業だけではない。我が国の水源である森林が中国のダミー会社に買い集められ、シャッター通りと化した全国の商店街では中国資本による「チャイナタウン化」計画が水面下で画策されている。その一方では中国移民が急増し、いつの間にか韓国・朝鮮系を抜いて在日外国人の最大勢力となり、永住権を獲得し始めている。米国が種を播いたグローバリゼーションの果実を中国が刈り取らんとしている現実こそ、我が国の存立を脅かす未曾有の国難なのだ。

文:ノンフィクション作家 関岡英之

2010/7/24 土曜日

日本をここまで壊したのは誰か(六)

Filed under: 新刊について — toshiueh @ 9:25:22
日本をここまで壊したのは誰か 日本をここまで壊したのは誰か
(2010/05/22)
西尾幹二

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石井英夫の今月この一冊(WiLL-2010年8月号より)

 ルービー鳩山の唯一の功績は小沢と抱き合い心中したことだけ。そのためⅤ字回復したイラ菅丸だが、荒海の辺野古沖で座礁することは目に見えている。にもかかわらず自民の支持率は下がったまま水没寸前のありさまだ。

 一体、この国はどこへ行こうとしているのか。だれもが疑心と不安でいぶかっている時、この本が出た。収められた評論の多くは、今年の二月から四月にかけて集中的に書かれたものだから、まだほやほやの湯気が立っている。

 ともあれ自民党の不信は目を覆わしめるが、なぜこうもだらしないのか。そこで今なお再起できない自民党政治の総括が巻頭にある。「江沢民とビル・クリントンの対日攻撃になぜ反撃しなかったのか」と題した「自民党の罪と罰」という一章である。せっかくの書き下ろしなのに、ちょっと古ぼけたタイトルは解せないが、「教科書」と「靖国」と「拉致」の三つを重要なキーワードと見てのことだったのだろう。

 著者はまず日本をおかしくした最初の一人として宮澤喜一を挙げている。従軍慰安婦強制連行というありもしない歴史事実を認めてしまい、韓国にしなくてもいい謝罪をしたのは宮澤内閣の河野洋平だった。その宮澤は鈴木内閣の官房長官時代に、やはりありもしない検定教科書の「侵略」誤認問題を引き起こしている。

 しかし教科書と靖国という象徴となる二つの対中韓外交で、全面敗北の足跡を残したのは中曽根康弘であり、中曽根・後藤田コンビは歴史を売り渡した、と手厳しい。たしかに歴史で外交することを許してはいけない。さらに、拉致を誘発したのは福田赳夫のダッカ事件の不決断だったと歴代首相をなで斬りする。

 比較的頼りになりそうな印象を残したのは小渕惠三だけで、安倍、福田、麻生の小泉亜流たちは、失望を絶望に変えた、と筆鋒するどい。

 だらしなさが継続した原因はどこにあるか。それは各首相に国家意識が欠如していたからだという著者の指弾に納得する読者は多いだろう。しかし菅直人新首相もこれまで確固たる国家観や歴史観を披瀝(ひれき)したのを聞いたことがない。沖縄が地政学的に見て国防の要であることを県民にしかと説明できるかどうか。この男もまた「日本をここまで壊した」首相にならぬことを願わずにはいられない。

 もう一つの読みどころは「外国人参政権 世界地図」。『WiLL』誌22年4月号に載ったもので、恐るべき各国の報告だ。

 アメリカ、オーストラリア、カナダのような典型的な移民受け入れ国家ですら、永住外国人に国政選挙はもとより地方参政権すら簡単には認めていない。デンマーク、ノルウェーなど北欧四国も非常に警戒的であり、限定的である。それは取り返しのつかない不幸な悲劇を目の前に見ているからだとオランダとドイツの例を挙げている。

 オランダは地方参政権を認めたことにより彼らはゲットーを形成し、社会システムを破壊した。ドイツもまた国家意志が「沈黙」を強いられているというのだ。

 菅内閣はこの難題にも立ち向かわなければならない。首相よ、何よりもまず国家戦略を語れ。本書の提示する警告は、深い洞察に満ちている。

文:石井英夫

2010/6/24 木曜日

日本をここまで壊したのは誰か(五)

Filed under: 新刊について — toshiueh @ 22:33:53

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日本をここまで壊したのは誰か
書評:花田紀凱(『WiLL』編集長)

自国への痛憤、警告の書

 昭和23年、中学一年生の時、授業で偉人と思う人間をあげよと言われ、西尾少年は豊臣秀吉をあげた。

 先生は恐ろしい表情でニラみつけ、秀吉は何人もの女性をものにした独裁者、大嫌いだと全否定した。

 その日の西尾少年は先生を断乎(だんこ)許さないと誓ってこう書く。日記は毎日先生に提出することになっていたから当然、先生が読むことを見越して書いたのである。

僕は先生がどうだろうとも、僕は僕の信じる道を押し通した。(中略)封建時代の人間は、封建主義が正しいのだと思い込んでいるのだから、そのときの偉人なら偉人としておいても良いと思う。民主主義でも現在は最上主義とされていても、あとにはどうなるか。それは誰にだって見当のつくものではない

 今の言葉で言えば、現在の基準で過去を裁けないということだろう。

 その同じ年、東京裁判の判決が下る。西尾少年は、新聞記事を切り抜いて貼(は)ったノートに被告の名前、量刑を全(すべ)て書き写し、こう書いた。

日本が勝っていたらマッカーサーが絞首刑になるんだ

 中学一年にしてこの言。栴檀(せんだん)ハ双葉ヨリ芳(かんば)シ、とはまさにこのことだろう。

 それから60年たって、今、西尾さんは日本という国が心配でならない。

 国家として自立自存とは逆の方向へ向かい、明確な国家像もなく、茫々(ぼうぼう)たる海洋をひたすら漂流している幽霊船のような日本が、我慢ならない。

 たとえばトヨタ・バッシング。

 西尾さんは、これを「アメリカの日本に対する軍事力を使わない軍事行動」と見る。

 たとえば外国人参政権。

在日韓国朝鮮人に地方参政権を認めることは、政治的破壊工作の手段を彼らの手に渡すことにもほぼ等しい

 こんな簡単なことさえわからない日本の政治家、財界人。

言論のむなしさと無力を痛切に実感

しているが、それでも

自分と自分の国の歴史を見捨てる気にはなれない

西尾さんの、これは日本に対する痛憤、警告の書である。

産経新聞6月20日より

2010/6/8 火曜日

日本をここまで壊したのは誰か(四)

Filed under: 新刊について — toshiueh @ 15:56:30

宮崎正弘氏の書評

 最新刊の拙著『日本をここまで壊したのは誰か』(草思社)について、宮崎正弘さんがメルマガで次の書評を寄せて下さいました。謝して掲示させていたゞきます。

西尾幹二『日本をここまで壊したのは誰か』(草思社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 『犯人』を逐一列挙せずとも西尾ファンなら明瞭である。それにしても日本をひどく劣化させ、国家の体をなさないほどに破壊し尽くした政治家とは福田赳夫、中曽根康弘、後藤田正晴、宮沢喜一、河野洋平、小泉純一郎、鳩山由紀夫、小沢一郎ら。

 財界人は奥田トヨタ元会長にして経団連会長、御手洗富士夫前会長、小林陽太郎に北城格太郎もリストにのぼる。

 いずれもささいな目先の利益のためには北京への土下座も辞さない、こざかしい商人(あきんど)らである。かれらのうちの何人かは「商売の邪魔になるから靖国神社へ行くな」と首相に進言したりもした。
 
 平林たい子は生前に中曽根康弘を評して「鉋屑(かんなくず)より軽い」と言ったか「鉋屑ほど軽い」と言ったか。

 ただしくは「鉋屑のようにぺらぺら燃える」と言ったらしい。

 青年将校として青雲の志を抱いて政治家となり「改憲」に政治生命をかけると放言した中曽根は、やがて左翼とくんで構造改革なる日本破壊をやってのけた。
 
 ともかく中曽根大勲位は中国に巧妙に脅されるや、ある日突然、靖国神社参拝をやめた元凶であり、その権力中枢にいた後藤田は日本破壊謀略まがいの政策を実践し、外国を裨益させた極左官僚である。後藤田を『カミソリ』とかなんとか、ほめるやすっぽい評論家もいるが、いい加減にしろ、と怒鳴りたくなる。

 保守陣営がともすれば誤解しがちな、高い中曽根評価を根底からひっくりかえす著者の抜刀した白刃は、河野洋平などの雑魚はともかくとして、やはり保守陣営に人気が高い小泉政治をばっさりと切って捨てる。

 西尾氏は小泉純一郎を「狂人宰相」と比喩した。保守期待の安倍晋三への評価も低かった。

 それぞれ具体的にどこが、どうおかしいかは本書に当たっていただくにして、本欄では次の紹介をしておきたい。

 「私が小泉政権時代に一番おそれていたのは、日本人の金を積んで北朝鮮の開国に突っ走るのではないかということでした。核開発の可能性を捨てない国家に巨額援助をするのではないかということでした。彼は皇室の祭祀も『行政改革』の対象と考えていた節があり、女系天皇にも平然と道を開こうとした」、まるで「デタラメな人物でした。それが強権を発動することができた。同じことがいま、小沢を中心におこっているのです」(本書97p)。
 
 「(ながい歴史を通じて培われてきた日本人の)アイデンティティが徐々に徐々に無自覚の形で失われてきている。現在の権力喪失状態、さきほどいった砂の真ん中から穴があくような、何となく活性化しない無気力状態になった。物を考えなくなってしまった。戦おうとしなくなった。自分たちのアイデンティティを本当の意味で政治権力まで高めなければ自分たちが守れなくなる、自分を守れなくなるという自覚がなくなってきた」(226p)。
 
 したがって、現代日本は「清朝末期」のごとし、と西尾氏は比喩する。
 
 そうなった時限爆弾はいつ仕掛けられたか。それはGHQが置きみやげの焚書、占領政策の洗脳により、日本人が日本人としてのアイデンティティが徐々に徐々に喪失したのである、と分析されるのである。

2010/5/31 月曜日

日本をここまで壊したのは誰か(三)

Filed under: 新刊について — toshiueh @ 17:09:42

 「経済大国」といわなくなったことについて―――あとがきに代えて

 ここでわれわれがなすべきは何がなされたかの苦い現実を正確に知り、希望的観測などで自分をごまかさないことである。

 日本人は自分をごまかしてきた古い記憶がある。昭和20年(1945年)の敗戦の際にわが国に起こったことは米軍による「解放」ではなく「占領」であり、しかも米軍は一時的な短期の「占領軍」ではなく「征服者」であった。また日本に起こったことは、一国による「征服」であった。その後アメリカは戦争を世界各地でくりかえしたが、朝鮮戦争でも、中東戦争でも、湾岸戦争でも、日本に対してなされたような戦後の社会と政治まで支配する征服戦争は一度もなかった。ドイツに対してもなかった。ドイツに対しては連合軍の勝利であり、戦後は四カ国管理であった。

 軍事占領下の日本において戦争は終わっていなかったといっていい。大東亜戦争ではなく「太平洋戦争」という名の戦争が仕掛けられ、戦争はひきつづき継続していたのだが、誰もそのことを深く自覚しなかった。史上最も温健な占領軍という評価だった。だからそれを「進駐軍」と呼び、敗戦を考えたくないので「終戦」と言った。そして経済復興にだけ力を注ぎ、さらに反共反ソの思想戦にだけ熱心だった。後者はアメリカと手を携えての共同行動だった。それが保守とよばれた勢力の主たる関心事だった。私もその流れに棹さしていたことを否定するつもりはない。

 日本人はこのように戦後ずっと苦い現実を見ないで、希望的観測に身を委ね、自分をごまかしつづけてきた。1989年から91年の「冷戦の終結」という新しい事件を迎えても、また同じ自己韜晦をくりかえしてこなかっただろうか。それが江沢民とクリントンに仕掛けられた新しい「戦後の戦争」に再び敗れて、今日この体たらくに陥っている所以ではあるまいか。

 2009年に自民党から民主党への政権交替が行われた。鳩山内閣は沖縄の基地問題で、日米の政府間交渉の手続きも何も踏まずにいきなり変革を求めたことで、幼い不始末を天下にさらした。その愚かさは罰せられなければならないが、しかし、国内に外国軍による「征服」の証しがいつまでも存続することへの疑問にいっさい蓋をしてきた自民党にも責任がある。鳩山由紀夫氏が総理になった直後に「日米対等」を口にしたのは何の用意もない学生風の出まかせとはいえ、この小さなナショナリズムが国民をして民主党を勝たせた理由の一つでもあることに、保守側も謙虚でなければいけない。

 基地問題を旧に復し放置することはもはや許されなくなった。民主党の間違いは、沖縄の基地に何らかの変革を加えたいのなら、まずは憲法を改正し、名実ともに国軍の位置を確立し、アメリカ軍から信頼の得られる軍事力を備えることから着手すべき点である。いけないのは順序を間違えていることである。

 私はアメリカ軍を日本列島から排除したらいいなどと言っていない。それは軍事技術上からみて現実的ではないだろう。日本艦隊がアメリカ軍と共同して太平洋を管理するというような成熟した両国の関係が生まれるのが理想で、今のような一方的依存関係から徐々に脱することが目標とされるべきである。

 政治、経済、外交、軍事の四輪がほぼ同じ大きさでバランスをとってはじめて車はうまく回転し、スムーズに前進する。経済だけが大きく、経済に外交と軍事の代行役を押しつけるような「経済大国」でなくなっていくことは、むしろこれからの日本にとって幸いと見なすべきではないかと思っている。

 本書のまとめと出版に当たっては草思社の木谷東男氏からお世話いただいた。各論文を最初に掲載してくださった各雑誌の担当者とともに、諸氏に感謝申し上げたい。

2010年4月20日

西尾幹二

追記

 本書の「トヨタ・バッシング」の教訓――国家意識のない経営者は職を去れ」には、補記(65-76ページ)が加えられている。これは雑誌には書かれなかった新稿である。「アメリカ・オーストラリア・シーシェパード」とでも補記にも題をつけた方がよかったかもしれない。イルカ・鯨問題の根は深い。白人植民地主義の人種差別感情が関係している。補記は第一次世界大戦をめぐる日豪間の外交衝突と、第二次世界大戦を誘発した米豪接近の怪しい歴史を描いている。

2010/5/29 土曜日

日本をここまで壊したのは誰か(二)

Filed under: 新刊について — toshiueh @ 21:05:57

「経済大国」といわなくなったことについて―――あとがきに代えて

 最近日本人は「経済大国」という言葉を気羞しくて使えなくなっているような気がする。いい傾向である。世界には「大国」と「小国」はあるが、「経済大国」などという概念は存在しない。

 あんなに貧しかった中国が経済力を外交や政治に使い始めるようになって以来、日本人はこの言葉を用いなくなった。それまで長い間、日本は経済力があるというだけでそれを国際社会の中で政治力と誤認してきた。外交も防衛も経済力に肩代わりさせてきた。しかし経済力がそのまま何もしないで政治力になるわけがない。そう錯覚する時代は終わった。それを終わらせたのも中国の台頭である。

 ずっと以前からアメリカの経済は政治力であった。経済が「牙」を持っていた。経済で戦争もしていた、と言いかえてもよい。日本の経済には牙がなかった。軍事力を使えないからカネを出す。アメリカとは逆だった。しかし貧しかったはずの中国の経済には、貧しい時代の最初から「牙」があった。中国は日本から援助を受けながら、アフリカなどに援助して、着々と政治力を育てていた。

 最近クロマグロの禁漁か否かを決める国際会議で、中国がアフリカの票をとりまとめて政治力を発揮し、日本に協力した一件は記憶に新しいが、日本も永年アフリカに援助していたはずなのにいっこうに政治力を身につけていない。

 経済で外交や防衛の肩代わりをするのではなく、経済が国家の権力意志を表現し、自己を主張して他国を支配する手段としての役割を日本は果していない。しかし経済が「牙」を持たない限り、経済それ自体もうまくいかなくなるのだ。すなわち経済が自分を維持することさえ難しくなる、そういう状態に日本は次第に追いこまれつつあるように思える。そのことにいまだ気がつかないのは、外交官や政治家だけではない、経済は経済だけで翼を広げられると思っている現代日本の能天気な企業家たちである。

 ボーダレスとかグローバリズムとか多国籍とかいって、国家意識を失っているのが今の経済人である。トヨタ事件は日本側の技術や経営の問題では決してない。トヨタの油断や新社長の失策の話でもない。アメリカという国家が発動した政治的行動である。軍事力を使わない軍事行動であった。

 これを契機に私は永年抱いていた経団連や日経連を代表する人々への疑問、彼らが政治を動かし外交を捩じ曲げてきた十年来の言動の問題点を、本書で初めて取り上げ、明らかにしようと思った。

 十年より前には、私の考える国家像と政治観は、いま挙げた経済団体の代表者の方々との間でそう大きなへだたりはなかった。それどころかむしろ財界には知友も多く、私の読者と考えられる支持者も少なくなかった。

 歴史教科書と靖国と拉致は三つの象徴的タームである。重要なキーワードとしての役割をここ十数年の日本人の政治意識の中で果している。左翼がこれに反対するのなら分かる。そうではなく財界人をはじめ保守的な階層の人々が承知で問題の所在をあえて知らない振りをするようになった。日本社会は急に変質し始めた。中国の台頭と自民党の崩壊は並行して進んだ。

 なにか新しいことが始まっている。

 本書第一部はその問題を考えた。四篇の評論は平成22年(2010年)の二月初旬から四月半ばまでの間に集中的に書かれた最新の文章である。

 なにか新しいことというのは大元に根があり、原因がある。しかも新しい事態、この変質は突き止めておかずに放置しておくと取り返しのつかない国家の衰弱につながりかねない。

 近い原因は1993年から中国とアメリカに江沢民とクリントンの反日政権が生れたことである。両政権は「経済大国」日本を解体させるというはっきりとした戦略的な攻撃を開始していたのに、日本人はぼんやりしていて、最近まで気がつかないか、あるいは今も気がついていない。そしてそのことは勿論80年代またはその以前に遡って原因があり、歴史的に考察するべき根を持っている。旧戦勝国による日本の「再敗北」、もしくは「再占領」という事態が進行しているといっていい。本書はその流れを示唆的に解明しようと心掛けた。

 日本は本来あるべき方向、国家としての自立自存とは逆の方へ向かって変化し始めている。しかもどこへ向かうのか明確な国家像もなく、茫々たる海洋を諸国に小突き廻されながらただひたすら漂流している幽霊船のようである。

 昭和43年(1968年)頃ハーマン・カーンは21世紀に日本は名実ともに世界一位の国になり、「日本の世紀」が訪れるだろうと予言した。わが国はそれに近い所まで登りつめて、そのあと腰が折れて実際にはそうならなかった。

 外からの激しい破壊工作(ボディブロウ)に、何がなされているかも気がつかずに打撃され、ぐらっぐらっと揺れて倒れかかっているのである。

つづく

2010/5/26 水曜日

日本をここまで壊したのは誰か

Filed under: 新刊について — toshiueh @ 20:46:26

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 新刊が店頭に出始めましたので、ご紹介します。

日本をここまで壊したのは誰か(草思社 1680円)

   第Ⅰ部

江沢民とビル・クリントンの対日攻撃になぜ反撃しなかったのか
―――自由民主党の罪と罰

トヨタ・バッシングの教訓
―――国家意識のない経営者は職を去れ

左翼ファシスト小泉純一郎と小沢一郎による日本政治の終わり
―――EU幻想と東アジア共同体幻想

外国人地方参政権 世界全図
―――なかでもオランダとドイツの惨状

  第Ⅱ部

アメリカの「中国化」 中国の「アメリカ化」
―――日本の鏡にはならない両国の正体露呈

私の人生と思想
―――中学一年生のときの恩師との論争から

「世界で最も道義的で公明だといわれる日本民族を信じる」(フランス紙)
―――日本が「列強」の一つであった時代

日本的王権の由来と「和」と「まこと」
―――『国体の本義』(昭和12年)の光と影

日本民族の資質は迎合と諂(へつら)いにあるのか
―――シベリア抑留者のラーゲリ体験より

  第Ⅲ部

講演 GHQの思想的犯罪

「経済大国」といわなくなったことについて
―――あとがきに代えて

初出一覧

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